仁井田 穏彦
Seven with Signor Sake:仁井田 穏彦(にいだ・やすひこ)仁井田本家 副島県
私のお気に入りの日本酒の造り手に7つの質問を通して話を聞き、歴史ある伝統技術に迫ります。
仁井田穏彦(にいだ やすひこ)氏は酒の造り手、農家、地域のリーダーにして1711年創業の仁井田本家の18代目当主でもある。当主の名前として代々受け継がれてきた「穏」の字も継いでいる。仁井田本家のように事業を長く続けるには、規律、忍耐力、決断力、回復力、そして強い家族の絆が必要だ。しかし、そこには困難もあった。
1994年に蔵元となった穏彦氏は、父と祖父が目指してきた持続可能性、すなわち、自分たちで米を作り、合鴨農法などの有機農法への移行を引き継ぐことを目標にしていた。穏彦氏の父は、1967年から無農薬・無化学肥料の自然栽培米を使い始めた。2007年には「有機」認定を受け、同時に稲わら、米ぬか、竹、草で作る特別な肥料を開発した。
すべてが計画通りに進んでいると思った矢先の2011年、地震が起きた。東日本大震災は日本中を心身ともに震撼させたが、特に震源地に近い福島では、津波と放射線による三重苦に見舞われた。時間をかけて落ち着きは取り戻したものの、福島ブランドは地に落ち、「福島」と名がつくだけで、見向きもされなくなってしまった。これは、創業300年を迎える仁井田家にとって辛いことだった。長い歴史をかけて築き上げてきたものがこの一件で水の泡になるかのしれないのだ。
感情を揺さぶられた数ヶ月を過ごした後、米の収穫・精米から酒の瓶詰めに至るまで、製造の全段階に厳格なチェックと厳密な放射能管理で対応することを決意した。これが功を奏して仁井田本家は回復するに至ったが、この回復に最も貢献したのは地域社会だった。酒蔵で直接対面できるイベントを開催することで、自分たちのストーリーや実践していること、そして酒を共有することができた。仁井田本家の酒や福島の製品は、ゆっくりと、しかし確実にまた受け入れられるようになっていった。仁井田家は、史上最悪の災害のひとつとなった東日本大震災を乗り越えた。穏彦氏の強い覚悟と信念は、彼の名前と同様に代々受け継がれているのかもしれない。
一 3つのブランドのコンセプトと味わいの違いについて
以前は「田村」、「しぜんしゅ」、「おだやか」の3つのブランドを出していましたが、今後は「田村」と「しぜんしゅ」は1つの銘柄にして、「にいだしぜんしゅ」と「おだやか」のふたつに変える予定です。
「にいだしぜんしゅ」は仁井田本家が自然派の酒造りをするきっかけにもなった銘柄で、米の味や旨みのしっかりした味わいです。日本には有機栽培という言葉がありますが、これには有機肥料を使っています。自然栽培は有機肥料も使わない、いわゆる人間が全く手を加えない農法です。農薬や販売されている肥料を使わない自然栽培の米と、蔵に住んでいる天然の酵母や乳酸菌、水もこの村の天然水だけを使っています。自給自足に近い酒造りで、甘味、うまみ、酸味がぎゅっとしたしっかりとした味わいの酒です。「にいだしぜんしゅ」はなるべく玄米に近い、磨かない酒造りになってきていて、平均精米歩合は80%です。
「自然栽培は有機肥料も使わない、いわゆる人間が全く手を加えない農法です。」
もう一つの銘柄「おだやか」の由来は、仁井田本家の蔵元として生まれた男の子の名前に「穏」の字を付けるという代々の風習です。私は「穏」に「彦」でヤスヒコ、父はヤスミツ、祖父はヤスサダです。男が継ぐ場合はこの穏という漢字を世襲していたので、代々の蔵元の名前を銘柄にしました。
「おだやか」は私が社長になってから作った銘柄で、「にいだしぜんしゅ」と同様に、化学的なものは何も使っていません。米は自然栽培のものと、有機栽培の米も良しとしています。契約農家が、普通の農薬を使う慣行農業から、最もハードルが高いとも言える自然栽培に移行するには高い壁があります。ですので、一度慣行農業から有機栽培に移行し、それから自然栽培へ移行するステップを重ねた方が上手くいくと考えています。移行過程である有機栽培の時期も応援したいので、「おだやか」では有機栽培の米も使用しています。最終的にはこの村の自然栽培米を100%利用することが目標です。
二 この地域での有機米栽培の歴史について教えてください。
自然米の栽培を始めたのは1964年です。1967年にその米で造った酒を出しているので、やはりその3年前ぐらいに栽培を初めていたと思います。なるべく自然の力だけで作物を育てようという考え方を広めた岡田茂吉さんという方がいて、彼が率いるMOA(Mokichi Okada Association)という団体があります。MOAは元々宗教団体で、岡田さんを教祖として自然に習って生きていきましょうという宗教です。そのMOAから、岡田さんの唱える自然栽培で作った米でお神酒を作りたいと父のところに依頼があり、農家とお米の自然栽培から始めました。チャンスをもらったんです。
三 自然米の定義は?
さっき言った農薬フリー、化学物質フリー、化学肥料フリー、有機肥料フリーの自然栽培と、いわゆる有機栽培の2つを合わせて自然米と呼んでいます。どちらの栽培にも当てはまるのが農薬と化学肥料を使わないということです。うちでは、有機JASの日本の認定をとっています。
「有機認定は取得するのに高い費用がかかりますが、取ったところで売り上げにはあまり関係ありません。」
日本と海外の有機認証のルールを統一しようという活動があり、いずれ日本の有機はアメリカのオーガニックと同等になると思うのですが、なかなか進展がありません。日本の酒蔵にはアメリカとヨーロッパのオーガニック認証を取得しているところもあります。私の仲間だと、岡山県の丸本酒造と栃木県の天鷹酒造が両方取得しています。またこの二蔵と秋鹿は、農業をやっている酒蔵の会(農!と言える酒造の会)にも入っています。
有機認定は取得するのに高い費用がかかりますが、取ったところで売り上げにはあまり関係ありません。自分たちのやっている農業や酒造りがスタンダードなものに対して合っているのかいないかのチェックのために仁井田本家では有機認定を取得しています。そうすることで、自分たちのやっていることが認定レベルであることを、お客様へ伝えられるようにしています。アメリカと比べると日本の有機はまだまだなのでしょうか?
「そう危機感を持っている農家は、有機栽培は大変だけれどもやるべきことだと理解しています。」
四 米農家が有機栽培に消極的な理由は
有機栽培は手間がかかります。逆に有機栽培から見たら今の農業は異常です。そういう考えを持った農家は田んぼに稲しか生えていないことは不自然で怖いことだと思っています。農薬のようなものを使い続けると田んぼのレベルが下がっていって、いつか死んでしまう。自分の時代は良いかもしれないけど将来に向けて田んぼがどんどんだめになってしまう。そう危機感を持っている農家は、有機栽培は大変だけれどもやるべきことだと理解しています。そういう農家には私たちも契約をお願いする。先ほど父の時代の話をしましたが、私たちからお金をたくさん出すので有機栽培してくださいと依頼した農家は悪いことをします。有機栽培をやっては見たけどもこんなに大変だとは思わなかったから、監視されていない時に農薬を使ってしまうおうと考えてしまいます。それぐらい理解、考えの差があります。なので私たちから有機栽培をお願いすることはできないです。やりたいという農家がいれば、どうしてやりたいのか聞きます。
「食べ物という一番大事なものを作っている人たちが、お金がないというのは危機的な状況です。」
国策がない上、あまりにも儲からないのでプロの農家が少なくなってきています。食べ物という一番大事なものを作っている人たちが、お金がないというのは危機的な状況です。農家は大変だけどもそれに見合った収入があって、それを子供たちに教育をしたり子供たちが農業をしたいと思えるような環境づくりが必要だと考えています。
五 有機栽培ではどのような習慣を採用していますか?
私たちの田んぼで他の農家と違うのは全く草取りをしない田んぼがあるということです。水を深くすると雑草が出にくくなるという「深水管理」は昔から行われていましたが、センシング技術を用いて水の深さを厳密に管理することで、全く草取りをしないという方法に新しくチャレンジしています。その他の田んぼでも化石燃料を使う機械は使わずにできるだけマンパワーを使うよう、中野式除草という方法を採用しています。この除草は田植え後1ヶ月間まるまる行います。
さらに、野生の鴨がどこからともなく飛来して田んぼのそばに巣を作り、鴨の子供達と一緒に雑草を食べてくれます。人が故意的に田んぼに入れる鴨は他の動物にやられないように電気の柵を作らなければいけない、また大きくなると稲も食べてしまうので大きくなると田んぼから出して殺さなければならないのですが、それは苦痛なので、合鴨農法はやっていません。またさっき言いましたが水を深くする試みをしていますので、他の田んぼより水が深いので、鴨たちにとって居心地が良いようです。また農薬を使っていないので生き物、昆虫が多く、鴨たちが好む環境になっています。
「木桶は日本の伝統文化で、消えつつあります。伝統文化を守るという意味でもプライドが満たされます。」
六 年間を通して蔵で定期的にイベントを開催していますね。その背景と効果について聞かせてください。
仁井田本家は今たくさんイベントをしています。イベントを通じて色々な人と繋がり、仁井田本家の思いを直接伝えてファンになってもらう。なので、イベントはすごく大事ですが、このイベントを始めるきっかけとなったのは2011年の大震災です。これで福島県は危ない、福島のオーガニックは危ないとなってしまった。それを安全ですよと説明するために、イベントで会って話しましょうということをはじめました。今思うとそのイベントで知り合ったお客様やビジネスパートナーは仁井田本家を宣伝、PRしてくれた。これは震災があったからこそです。
七 酒蔵では、金属タンクから木桶にする動きがあるようです。 これについて、仁井田さんの考えは?
金属のタンクは作れないですが、木桶でしたら自分たちで作れます。これは自給自足の目的に合います。原料は祖父が植えた杉の木です。それを切って木桶にして酒を醸します。切ったあと苗を植えたら私の孫が切って木桶を作れます。作った木桶は何十年後か何百年後に朽ちてなくなったら地に戻ります。循環ができる。また伝統的な酒を造りたいと思った時に、木桶にしか出せない味があると思う。木桶には生き物が住むのでオリジナルな味になる。それは仁井田にとって魅力的です。木桶は日本の伝統文化で、消えつつあります。伝統文化を守るという意味でもプライドが満たされます。デメリットはやはり金属タンクよりもお金がかかります。また木桶は常にメンテナンスをしなければなりません。竹で編んだ輪っかで締めていますが、その竹が数年で割れてしまい、また編んで換える必要があります。その竹を編む技術を伝承する必要もあります。竹もこの村のものを使用しています。
SIGNOR SAKEのお気に入り
百年貴醸酒2023 (2022年度醸造)
2011年に創業300年を記念して発売され、水の代わりに前年の貴醸酒の一部を使用して造られています。 ボトルのデザインは、次世代に受け継がれるこの 100 年にわたるプロジェクトのリレーを表しています。 このプロジェクトのインスピレーションは、日本の「たれ」が何世代にもわたって継ぎ足され、過去と未来を結びつける方法から生まれました。それは一度だけ最初から作られます。 毎年、前年の酒のバッチが新しいバッチに追加されます。 ベルベットのように滑らかで、クローブやシナモンのようなスパイス、ほんのり杉、ジンジャーブレッドビスケットの香りを伴う濃厚な甘みがあり、すっきりとした後味が特徴です。
精米歩合 85%
アルコール度 16度
生酛仕込み 酵母無添加(蔵付き酵母)