竹鶴敏夫
Seven with Signor Sake:竹鶴敏夫(たけつる としお)竹鶴酒造 広島県
私のお気に入りの日本酒の造り手に7つの質問を通して話を聞き、歴史ある伝統技術に迫ります。
竹鶴敏夫さんは、「竹鶴の家に生まれたのは損だ」と思ったことがある。竹原の同級生からは羨ましがられることもあったが、家計の重圧には耐えがたかった。先代である父親は、自分と同じ大阪大学醸造学科で学び、酒蔵を継ぐことを期待しているのだろうと感じていた。
実際、大阪大学には進学したものの、専攻したのは醸造学ではなく工学だった。仲間と不味い安酒を飲むたびに、自分の選択の正当性を感じていた。しかし、微生物学に魅せられ、広島の酒類総合研究所の門を叩く。
その後まもなく、父親の政治家への転身を機に長男として300年近く続く家業を継ぐことになる。そして古くから伝わる醸造技術の魅力と可能性に気づくことで、竹鶴酒造の14代目としての役割を受け入れ、それまで避けていた家業に真摯に向き合うようになっていった。
一 竹鶴酒蔵は1733年創業ですね。「竹鶴」の由来や広島での酒造りについて教えてください。
私たちの元々の名前は岸本と言います。家紋は釘抜紋を表していて、これは和歌山に多いので、私たちの先祖は400年前に和歌山から来たという説があります。
日本語で”松竹梅”と言う言葉があります。また、鶴もラッキーアイテムとして有名です。家の裏の竹藪に鶴が巣を作ったので、瑞兆だったので岸本から竹鶴に改名をしました。しかし、それは竹原で起ったことなのか、和歌山での話なのかは分かりせん。
竹原は広島の酒造りの中心地だった時がありました。今は東広島の西条というエリアが広島の酒作りの中心になっています。賀茂鶴、賀茂泉がある所です。江戸時代にまともな酒といったら、奈良、京都、伊丹、灘の4か所しかなかったはずなので、広島をはじめ、田舎の酒は不味かったと思います。明治時代に入り、物流が変り始めると、田舎の人たちは自分たちの酒が不味いと気づき始め、田舎の酒蔵は危機感を抱きました。その中で一番最初に酒造りに成功したのが竹原でした。竹原の失敗は鉄道を誘致しなかった事です。結果、鉄道を誘致した西条が酒どころとして発展しました。
その中で一番最初に酒造りに成功したのが竹原でした。
二 第二次世界大戦の影響はありましたか
日本の経済は戦争に負けた後、急成長しましたが、酒蔵も同じで、戦後急成長した酒蔵もたくさんありました。しかし、その時期に曾祖父さんが死んでしまったので、世の中の流れについていけませんでした。日本は今でも女性の社会進出が遅いですが、今から70年前は女性は表には出ていませんでした。社長である曾祖父さんが亡くなった後は曾祖母さんが会社を見ていました。苦労はとてもしたと思います。
うちの蔵が古いスタイルで残っているのは伝統的な酒造りに適しているからだと思います。
あの時期に女性が社長として地位を持って、蔵を潰さなかっただけで十分だと思う。もしかしたて、高度成長期に上手く私たちの蔵も急成長できていたら、今のように苦労はしなかったかもと思うところもあります。しかし急成長して、機械化していたら、できていないこともあるでしょうし、うちの蔵が古いスタイルで残っているのは伝統的な酒造りに適しているからだと思います。
三 これまでに一番大変だった事は何ですか
会社が潰れそうで、売上の1年分の借金があったことです。経営学科も出てないし、社会経験もなかったので、社長ではあるもののキャリアはなかったんです。借金を返すために、売り上げを素人なりに計算して、10年で返すことを目標に、無駄を無くしましたが、結局全部返すのに13年かかりました。
広島県は農協の力が強くて、直接農家から米を購入することもできます。
四 米はどのように手配していますか
米は農協から購入しています。広島県は農協の力が強くて、直接農家から米を購入することもできますが、一部でも直接農家から購入したら、農協から米を出荷してくれないと圧力をかけられてしまいます。秋鹿酒造は自分たちで米作りをしていますが、それは大阪の農協はあまり機能していないからです。
農協が圧力をかけてくることには不満を感じますが、広島の農協はよく働いてくれています。特定の農家と契約することもありますが、購入する時は農協経由です。契約した農家の米が他の会社に出荷されることはありません。秋鹿や、いずみ橋のように自分たちで米を作る蔵も最近はありますが、私たちは自分たちで米を作る必要性がないです。また、米を作るノウハウがないので、いきなり自分たちでやる事は難しい。
ワインのブドウように運送は難しい原料と違って、日本酒の原料である米は簡単に取寄せる事ができる。全国に自分の欲しい米がないのであれば自分で作ったら良いかもしれないですが、今のところ困ってはいません。
五 「テルワール」という言葉を日本酒に適用することには賛否両論あります。これについて考えを聞かせてください。
これからの時代は必要だと思いますが、”テルワール”はフランス語だから使わない方が良いのではないかと思います。江戸時代、酒処は伊丹や灘の関西でした。これは豊臣秀吉が作った、日本全国で余った米は大阪に持っていきなさいという制度のためです。その後、徳川幕府もこの制度を引き継いだ。余った米でしか酒を作れなかったので、これが伊丹、灘が発展した理由だと思います。というわけで、ワインのテロワールのように地元の米を使ったからこういう味になるというのは日本酒の伝統にないんです。例えば、広島で作った米で酒を作ったところで、どうしてそういう味になったのかは誰も説明出来ない。それをやって行くべきだとは思うが、ワインをモデルにしている以上は上手くいかないのではないでしょうか。
ワインのテロワールのように地元の米を使ったからこういう味になるというのは日本酒の伝統にないんです。
私は地域性は大事だと思いますが、私の言う地域性は地域の食文化のことです。竹原は瀬戸内海に面しているので、東京に似ていて、魚が美味しい。私は大学生の時に一人暮らしをしていた大阪で魚が高くて驚きました。竹原では魚は簡単に手に入り、安かったからです。私は魚はよく食べていました。 私の味覚はそういった食文化で成り立っていて、その上で良いと思った酒を造っています。そういうのが地域性だと思います。
六 水について教えてください
広島は軟水です。兵庫県は宮水と言う共同の井戸を使っていますが、私たちも江戸時代は共同の井戸を使っていて、それは硬水でした。私たちの酒の味わいについて影響を与えているのは、軟水、硬水ではなく、塩化物イオン(クロール)が多い事が大きな要因です。麹の作った酵素は水に溶けないと意味がないのですが、クロールというのは、麹の酵素を水に溶かすのを促す働きがあります。そのため、水にクロールが多いと、酒の味わいが出やすいです。
井戸は掘ってみないとどんな水が出るのか分かりません。私たちの井戸は鉄、マンガン、銅、水銀、ヒ素などの有害物質もなく、とても恵まれていました。PHも中性7でした。これはとても理想的な水です。例えば、温泉で酒を造ったら話題にはなるかもしれないが、誰もやらないですよね。実際に酸性の温泉で日本酒を造ると酵素が破壊されてしまい造れません。逆にアルカリ性の水では米が溶けてしまうので、中性が一番理想的な水です。
昔、竹原は広島の酒造りの中心地だった時があった。
七 海外のマーケットについての考えを聞かせてください
私たちが販売してしているのはオーストラリア、マレーシアだけです。いつか海外のマーケットが大きくなるように、今は種を蒔いています。マレーシアのマーケットは伸びを感じています。
チャンスがあるかとうよりも、チャンスにして海外に売って行かないと日本酒に未来はない。今から50年後は日本の人口は1億人以下です。現状よりも人口は2割減り、少子高齢化で酒の消費量自体は、今より3~4割に減ると予測されます。1600社が日本酒を作る免許を持っているが、実際営業しているのは1300社ぐらいです。今から50年後に残っている会社は700~800社になっているのはないか。日本で売れない分を海外で売れるようになれば1300社のまま減らないかもしれない。
この酒が美味しいから飲んでくださいとアピールするだけでは売れないと思います。日本の文化の1つとして紹介したら良いと思う。私がオーストラリア、マレーシアに行ったときは、日本人なのだから歌舞伎について教えてくれと言われた事があるが、それは困りますね笑。私は酒に関する文化でしたら、教えることができます。
美味しい、美味しくないは人によって違うので、そういった紹介の仕方は難しいです。ワインが分かりやすい例ですが、1000円のワインもあれば、100万円のワインもありますよね?100万円のワイン1000円のワインの100万倍美味しいかというとそうではないです。栽培地の歴史、作り方、伝統が商品に反映されているから、100万円のワインになります。ですので、私はワイングラスで日本酒を飲むのは反対です。日本酒を口に含む時に日本に思いを馳せるということをしていかないといけないからです。
SIGNOR SAKEのお気に入りの日本酒
竹鶴小笹屋大和雄町30BY
19度という高いアルコール度数を感じさせない、まろやかな味わい。竹鶴が契約している広島県大和地区産の雄町米(雄町は岡山県産が大半)を使用。杜氏の指導のもと、2012年から温度管理を行わない、自然に逆らわず、自然とともに歩む酒造りを行なっている。絞り後、蔵で1年間熟成(17℃での常温熟成)させてから、出荷している。
モルトとスパイスの香りがするやや辛口で、複雑かつ豊かな味わいがありながらなめらか。米の甘みと酸味のバランスがとれたうま味が豊かで、余韻が長い。このお酒はぜひ燗にして、いろいろな温度で楽しんでほしい。60℃から徐々に室温に下がってくる味わいの変化が絶妙。焼き肉や焼き鳥、ローマ風オックステールシチュー、台湾の魯肉飯など、しっかりとした味わいの料理と一緒にどうぞ。
米の種類:雄町
精米歩合:65%
酵母: 701号
アルコール度数:19度
カテゴリ:純米
サブカテゴリー:無濾過生原酒
以下の販売店から購入できます。
https://www.imaday.jp/c/nihonsyu/2814
https://www.nobori-sake.com/shouhin/zenkoku_nihonsyu/taketurusyuzou/ozasaya_nama.html#daiwa
竹鶴酒造ホームページ
https://www.taketsuru-shuzou.co.jp/