井上宰継
Seven with Signor Sake:井上 宰継(いのうえ ただつぐ)三井の寿 福岡県
私のお気に入りの日本酒の造り手に7つの質問を通して話を聞き、歴史ある伝統技術に迫ります。
ボルドーへの旅は、1922年から続く酒蔵の方向性をガラリと変えた。4代目の井上忠嗣は1996年に父親の助手として入社し、現在は杜氏兼専務を務めている。彼の弟を含む5人の蔵人は、福岡県で香り高い酒から風味豊かな酒、そして危険なほど飲みやすい熟成酒まで、さまざまな日本酒を造っている。
一 三井の寿の一部の銘柄にイタリア風のラベルを付けている理由は?
単純に、イタリアが大好きだからです。イタリアには10回以上行っていますが、国自体も食べ物も文化も、すべて大好きです。ですから、イタリアへの情熱を分かち合うと同時に、日本酒の季節的な側面も伝えたかったので、イタリア語でそれぞれの季節の名前を付けた銘柄を作りました。
二 2002年に家業を継いでから醸造に対する井上さんの考えを教えていただけますか?
私たちの蔵はローカリティ、クオリティ、オリジナリティを大事にしています。これは、地元の米を使用し、私たちの蔵だけが生産できる高品質の酒を醸造することを意味します。日本酒には長い歴史があり、その歴史は少なくとも江戸時代(1603~1868)にまで遡ります。また最近では科学的な面でも研究がされておりますが、それでもまだ酒造りに関しては判明されていないことがたくさんあるので、料理と同じように技術の他にセンス、情熱が必要です。
また、”一麹、二酛、三作り”と云われている通り、麹が酒の味を変えていると考えています。私が麹作りを担当しているのは、他の人には触られたくないほど、麹にはこだわりを持っているからです。
“一麹、二酛、三作り”
三 お父様との1980年代のボルドーの旅は、酒蔵の方向性に大きな影響を与えたそうですね。
私がワインを好きなのと、福岡とボルドーが姉妹都市ということもあって、自然な流れでボルドーに行くことになりました。当時の酒は今と違い特級、一級、二級といったような格付されていましたし、私たちの蔵も大手酒蔵の下請として未納税(*1)の酒を生産していました。
父と私はボルドーの5大シャトーを訪れ、品質とテロワール(*2)が最前線にあるワインの世界を見て、下請けはもう辞めて純米酒を造ろうと改めて考え始めました。ローカリティ、クオリティ、オリジナリティの考えもこの時からです。
*1 未納税の酒:自社商品として出荷せず、他の酒造業者の商品の原料用に製造・販売する酒
*2 テロワール:ワイン作りにおける、ブドウ畑を取り巻く自然環境要因のこと。特定地域、固有のブドウ畑から造られるワインは特有の個性を表すという考え方
“大手酒蔵の下請として未納税の酒を生産していました”
四 醸造者として今までどのような挑戦がありましたか?
私が20年前に酒造りを始めた時代は徐酸という作業をしていたくらい、しっかりとした酸は日本酒にとってネガティブなものだと考えられていましたが、食中酒として酸は必須なので、今では他の蔵でも酸が重視されています。酸の強い酒造りに切り替えるのは大変でしたが、私たちの蔵では山廃はもちろん、ワイン酵母での酒造りもいち早く取り入れてきました。バトナージュ(*3)に似た方法など、常識に囚われない造りに挑戦しています。
*3 バトナージュ:ワインの製造工程の一種で、「シュールリー(澱)」を接触させたまま静地する際にバトンで澱をかき混ぜる事
“しっかりとした酸は日本酒にとってネガティブなものだと考えられていました”
五 原料米の産地をラベルに詳しく記載しているのは何故でしょうか?
兵庫県産の山田錦は日本酒業界では最も高く評価され、日本酒原料米の王様とされていますが、私達は福岡県産の山田錦を使用しています。これは私達のモットーである”ローカリティ”のためでもありますが、福岡県糸島産の山田錦は兵庫県産品種に次ぐ生産量がありますし、品質も兵庫産の山田錦に負けていません。福岡の米の、地域の宣伝のためにもラベルに記載をしています。
“福岡の米の、地域の宣伝のためにもラベルに記載をしています”
六 人気漫画『スラムダンク』とのつながりについて聞かせてください。
『スラムダンク』の話は東京近郊の湘南の設定ですが、作者の井上さんは福岡出身で、実は多くのキャラクターの名前が福岡の地名なんです。また、井上さんと私は同じ苗字なので親戚だと思われていた時期もありました。実は、井上さんがうちの酒を気に入ってくれているようで、井上さん本人から、人気登場人物の名前を私たちの蔵名「三井の寿」から取ったとも聞きました。そこで、ご厚意にお答えしようと、バスケットボールのユニホーム14番を真似て、赤いラベルに14と書いたお酒を販売しました。お酒の場合、「14」は日本酒の甘さの尺度を測る数値(日本酒度)を表していて、+14は超辛口です。
七 日本酒は、ワインやビールとの販売競争に長く苦労してきました。峠は越えたと思いますか?
日本酒市場については楽観的に考えています。昔ワインが今のように大きなマーケットでなかったのと同じ様に、日本酒のマーケットも今後成長するでしょう。海外で日本酒の人気が高まる中、現在の日本酒の生産量は需要を維持するには不十分かもしれませんが、これは市場の成長を後押しするでしょう。日本酒の未来は明るいと思います。
SIGNOR SAKEのお気に入りの日本酒
美田 古城
ほぼ絶滅しかけていた酒米「穀良都」を九州大学の力で復活させ、使用。
「古城」は、瓶詰めしてから2年間熟成して販売されています。
イチジクとマスクメロンのような香り、キリッとした酸味でキレがよく、味わいも豊か。
米の種類:糸島山田錦(福岡県)
精米歩合:70%
酵母:蔵付酵母
アルコール度数:15%
カテゴリ:純米
サブカテゴリー:山廃、原酒、無濾過。
スタイル:芳醇、熟成酒